2005年度 西表島春合宿 活動記録

 
 
 

合宿概要

実施期間2006年3月9日〜3月17日
参加人数10人(三回生3人、二回生1人、一回生6人)
行動地域西表島(沖縄県八重山郡竹富町)

西表島について

 沖縄県は南西部、八重山諸島の西端に位置する西表島は、島全体が亜熱帯に属し、沖縄県では那覇市のある沖縄島に次ぐ大きな島です。八重山の行政の中心である石垣島からは高速船で約40分。人口はほとんど沿岸部の集落に偏り、島の90%は天然のジャングルに覆われています。また小浜島、竹富島などとともに構成される「西表国立公園」の中心であり、その大半は国の特別保護区に指定され、イリオモテヤマネコ、カンムリワシ、セマルハコガメなどの天然記念物を筆頭に多種多様の貴重な動植物に恵まれています。
 本合宿で今回私たちの取ったルートは、前半と後半に分かれ、前半は北西部のウダラ川を抜けて南西部の鹿川湾に向かい、南部の海沿いを南東部の南風見(はえみ)まで歩いた後、大原集落で休養し、後半は北部の浦内川から船で遡り、ジャングルを横切って奥地のマヤグスクの滝まで行く、というものでした。

活動記録(3月9日〜3月17日)


3月9日(木)〜 万事快調? (Tout va bien?)


 合宿一日目。移動日。早朝6時前に部室に集合して共装をザックに詰め込みモノレールで伊丹空港に移動。約3時間弱の空の旅を経て石垣空港に到着すると、ジャンパーを着たままだと汗が出てくるほど暑い。離島桟橋からジェットコースター顔負けの恐怖の高速艇で40分ほどかけてはるばる目的地西表島に到着。以降一週間ほどの文字通り大自然の中での生活に、船酔いでゾンビ化した人を除いてメンバーの心も顔も晴れやか。

  西表島白浜集落にて。あんなにいっしょだったのに。

 バス停から西表トンネルを抜けて歩くこと一時間足らずでサイト地に到着。こっちを見れば太平洋、ふりさけ見れば鬱蒼としたジャングルという光景にはいかにもカラダが夏になりそうな南国気分。翌日予定していた船での移動は海が時化ているため微妙とのこと。午後出発を見越し、就寝はやや遅め。夜は曇り空だが月影さやかにきらきらと。浜風は吹かずのんびりした夕べを過ごす。明日は船が出てくれますように。

西表島白浜海岸にて。夕暮れはもう違う色。

3月10日(金)〜渚にまとわりつくエトセトラ〜


 合宿二日目。明けて翌日、天気は快晴。やっぱり移動日。白浜海岸から遅い撤収をして白浜のバス停に着くと、千葉大学のワンゲル部員さんたちに出会い挨拶。西表島の縦走を計画していたらしい。午後から船は出せるという知らせを聞いて安堵。まあひとまず安心できれば寝ますわな。普通。それが南国クオリティ。

白浜にて。

 とりあえず食料を補給し、地元屋良商店のおじさんの船で目的地ウダラ川河口まで移動。

ウダラ川河口へ船で移動中。

 ただし移動が午後にずれ込んだためこの日の山行は行わず、再び浜辺でサイト。遠浅の透明度の高い海が眼前に広がり、夜には澄んだ空に星座が映える。まさに地上の楽園。

ウダラ川河口にて。

3月11日(土)〜マングローブ林でつかまえて〜


 合宿三日目。天気は快晴。出発前にレジャーで訪れたと思しき家族連れと遭遇し挨拶。干潮の時間を見計らい、リラックスムードもそこそこにスタート。

ウダラ河岸にて。渡渉の下見。

 初めから水に濡れても問題ないように、下半身は水着になり、渓流足袋の上から滑り止めのための草鞋を履いている。ウダラ川の湾を出てから最初の数時間は、しばらく川沿いのマングローブ林を渓流足袋を使って歩くのでとにかく進むのが遅い。渡河の際にはうっかりすると泥に足を取られて沈み込みそうになる。ザックの中身はビニール袋でパックしてあるが沈みたいなんて思わないし。

ウダラ河岸にて。マングローブ林の中のダウン。

 普段なら登山靴で軽く登れるような山道にも難儀しつつ、人通りのないジャングルの傾斜をゆっくり登る。というのはところどころ浅い川を渡渉しなければならないからだが、慣れない滑り止めの草鞋は2、3時間で既にぼろぼろに…。まあ壊れたら直せばいいってだけの話なんですけど。偉い人にはそれが分からんのですね。

鹿川にて。ウェルメイドの即席草鞋の出来上がり。

 途中でヤマヒルに襲われ太腿が血染めになる人も。100mほど登ったところで登山靴に履き替え、棘のあるアダンの茂みをくぐり、ぬかるみを迂回しながら急斜面を下り、予定通り鹿川湾に到着。心地よい疲労感を感じつつ就寝。

3月12日(日)〜In the long run, we are all dead〜


 合宿四日目。晴れ。海沿いの岩場を再び渓流足袋+草鞋セットを装着してひたすら歩く。あのーダウン中に岩に恥ずかしい落書きしないでよね。

鹿川付近の海岸にて。

 と最初は上向いていた気分も数回目のダウン後には消沈気味。歩けども歩けども出てくるはずのリーフが見えず岩を乗り越えて海岸を黙々と歩いていく。草鞋もぼろぼろになりほとんど全員が二足目に履き替えたところで更に雨まで降り出すと焦りと疲れで話し声も余り聞こえなくなってくる。

鹿川〜クイラ浜間の海岸にて。

 事前に調べていた目印も見つからず、迂回しに入った山道でもちょっとしたミスで迷う。平静を装いつつも誰も助けに来てくれないと思うとちょっと恐怖がこみ上げてくる。そういえば西表の縦走中に帰ってこなくなった人だっていたな、とか。そもそも西表のジャングルは普通の登山者は通らないので目印も少ない。普段とは違い、リーダーにもメンバーにも緊張が高まってくる。
 ようやく本来の道らしきものを探し当てるも到着時間を過ぎサイト予定地にはまだ着かない。夜が迫り暗闇の中ヘッドランプを点けて急坂を下っていくが、話をする人はいない。何とか山道を下りきり海岸に出て快哉を叫ぶも束の間、今度はひどい暴風でまともにテントが張れそうにない。バックルに砂が溜まって上手く止まらずポンチョもザックカバーも油断したら吹き飛ばされてしまうほどの強風の中で、どうにかこうにかテントを建てる。それでもイレギュラーな状況と寒さで疲れているはずなのに愚痴も吐かずにテントを組む姿にはちょっと感動。
 食事は予備のカロリーメイトで済ませて風の音を気にしながら早々に就寝。なんだかもう一週間くらいたった気がするがまだ二日目なんだなあ…明日も「リーフ歩き」があるしなあ…と余り健康的な考えが浮かばない。みなさんお疲れ様でした。

3月13日(月)〜嘘だと言ってよ、バーニィ〜


 合宿五日目。風はやはり強いが天気は晴れ。音が凄かったがテントは飛ばされていないみたいで一安心。別テントの人間を呼んでカレーを作って当面の腹ごなしをし、ひとまず大原集落を目指して出発。この日は干潮時に待望のリーフが出現したのでてくてくつらつらと歩いていくことができた。下は水着なので肌寒いものの、歩きやすさからすれば前日に比べてとても快適。アメフラシとかウミヘビとか(!)を直に見られるっていうのはさすがだよな俺ら。しかし4時間もリーフの上を歩いていると、前日の疲れもあってちょっとしんどい。リーフがひたすらに続くのでダウンまで沖合いのリーフで取ることになったり途中から曇ってきたりそれになんだか水位が上がってきたりしている気が…。

ポーラ浜付近にて。リーフ上の優雅なダウン。

 それでもどうにかリーフが完全に水没する前に南風田(はえみだ)の浜に到着。タクシーで大原の民宿池田屋まで移動してシャワーを浴びると、ありがちだが本当にどっと疲れが出てきた。テントを干したり装備を手入れしたり予め送ってあった荷物を点検したりして夜まですごす。タクシーのおっちゃんが言っていた通り食事は最高においしく来てよかったなあ…としみじみ。夜は民宿のおばあに昔話やイリオモテヤマネコ研究者の逸話をうちなーんちゅ(沖縄方言)交じりで語ってもらった。

民宿池田屋にて。ごちそうさまでした。

 ちなみに夕食中に見たローカルニュースによると、この日は低気圧が発達して沖縄でも暴風(カジマーイというらしい)で海が荒れており、長崎で雪が降ったり在日米軍の海兵隊員氏が遭難したりしていたとか。寒いわけですよ。

3月14日(火)〜イリオモテ買出し紀行〜


 合宿六日目。休養日。朝の天候は思わしくないが昼には持ち直す。朝八時半に朝食を取った後寝直す人あり観光する人あり。前日までの山行で体調不良者が若干名出たが無理なからんことと思ふ。午前中に装備を点検して暇になった筆者他数名は西表島南部を流れる仲間川の遊覧に行って来ました。

民宿にて。景観を破壊する簡潔な方法の一。

仲間川にて。遊覧ボートから見えるマングローブ群落。

 民宿に戻って次の日からの買い出しを行い、やはり池田屋にて夕食を賄ってもらう。夜は各自部屋に引き上げて修学旅行のごとく堕落した時間を過ごす。

3月15日(水)〜リバーズ・エッジ〜


 合宿七日目。天気は快晴で半袖でも暑い。遅めの起床の後、池田屋にて朝食をとってからバスで東部の沿岸沿いを通って浦内川河口へ向かう。途中文字通り湾を貫く海中道路から、道の両側に言いようのないほどキレイな珊瑚礁の青い海が見える。ゼネコン万歳。
 船着場からワルキューレの騎行をハミングしつつ浦内川を遡る遊覧船に30分余り揺られ、植生からマングローブ林が見えなくなった中流域で下船。亜熱帯のジャングルの中の道は観光用に整備されていて勾配も緩く、とても歩きやすい。

船着場〜マリュドゥの滝への途上にて。

 とことこ歩いていくと「日本の滝100選」の一つマリュドゥの滝に着く。滝壺付近には立ち入り禁止のプレートがあって近づくことはできなかったのが残念だが。マリュドゥの滝上流の少し奥にあるカンピレーの滝へ進んでサイト。食事まで河原でだべるのどかな一日。夜にはテントの近くでホタルの光もちらほら見えてとても幻想的。今日もクオリティの高い一日でした。

カンピレーの滝にて。

3月16日(木)〜マはマヤグスクのマ〜


 合宿八日目。天気は曇り。のち晴れ。のち雨。この日はジャングルの恐ろしさを余す所なく体験する。別にベトコンやチュパカブラが出たわけではないのだが、ほとんどの人が流血し、山行に著しい支障をきたす。まあ南米ではよくあることらしいので気にしたら負けかなと思っている。
 行程はカンピレーの滝から更に奥地のマヤグスクの滝に向かうというもの。途中で愛媛大学ワンゲルのパーティーとすれ違うが、それ以外には全く人と出会うこともなく進む。アップダウンはそれほどないのだが、とにかくやたらと小川を渡渉することが多い。
 イタジキ川との合流点で登山靴から渓流足袋に履き替え、川の中から荒れた山道を抜けてしばらく行くと、この日の目的地マヤグスクの滝に着く。ここは道の急峻さのためか一般の観光ルートからは大きく外れた奥地にある。いわば秘境だ。階段状の岩壁伝いに膨大な水が流れており、周りには落水の響きの他にはほとんど音も聞こえない。滝上は平らになってテーブルクロスを広げたみたいに更に奥の水源から途切れることなく流れてくる水がその上を覆いつくしている。雄大とか荘厳とかいう言葉以前にただただ圧倒される。
 一時間ほどマヤグスクの滝に滞在して帰路に着く。途中で雨が降ってきたがそれほど鬱陶しくはなかった。もちろんヒル属性の面々は一層神経質になっていたのだが。しとしと雨の振る中粛々とテントを組んで食事を作ると合宿最後の夜が更けた。静かだった。

マヤグスクの滝。基部にて。
マヤグスクの滝。上部にて。
マヤグスクの滝。天国に最も近い所。

※湿度が高く水捌けは悪いので、ヤマヒルが雨後の筍のように大量発生しており、それがいつの間にか登山靴の中に潜り込んで足首や腿から血を吸って膨れ上がり黒光りして皮膚に食らい付いたままうにうにぐにょぐにょと這いずり回り要するにとてつもなく気持ちが悪い。結局は噛まれた人間と噛まれなかった人間に二極化してしまい、血を吸われ続けた人は神経質になって事あるごとにズボンの裾をめくって確認することに。そういう人からはヒルを誘惑するフェロモンが出ているとかいないとかいう説が合宿中は有力だったが真相はもちろん不明。

3月17日(金)〜夢の果てまでも〜


 合宿九日目。最終日。天気は晴れ。朝八時にテントを撤収し、二日前にやってきた道を淡々と引き返す。この日は当初、ジャングルを抜けてテドウ山という西表島第二の山を登る予定だったが、結局ルートとして取ることはなかった。尤も道沿いにあるはずの登山道入り口の標識さえ全く見当たらないというので仕方がないともいえるが。浦内川の遊覧船第一号がゆっくり川を遡ってくるのを待っている間、パーティー内でこの九日間の行程を振り返る人あり、アフターの計画を語らう人あり。色々あったもんねえ。あんなこととかあんなこととか…。まあ喉元過ぎればなんとやら、という言葉を知らないわけじゃないけれど。遊覧船に30分ばかり揺られて浦内川を下り、次第に第二便を待つ観光客が見えてくると、名残惜しく合宿の終わりが感得されるのであった(続かない)。

ペンションぽけっとはうすにて。合宿終了後の打ち上げ。

おわりに

 西表島合宿は事前から春合宿中最も困難なものになることが予想されていました(3合宿中最もワンゲルらしいとも言えますが)。合宿初日は大阪、石垣島ともに、快晴となり出発に際しては意気揚々といった気分でしたが、前半は低気圧の影響もあって天候が荒れ、上述の通り、ルートファインディングに困難があったり、幕営が著しく阻害されるほどの風に見舞われたり、リーフを歩いている最中は寒気を感じるほど気温が低下したりと、全体としては決して楽な行程ではありませんでした。
 それだけにかえって、自然の威力をまざまざと見せ付けられ、それと同時に敢えてそこに挑戦する(と言ったら大げさですが)営みの貴重さを改めて実感することにもなりました。絶えず面倒をかけ続けたリーダー、および至らないところを随分カバーしてもらったメンバーをはじめ、合宿を支えていただいた人たちに改めて感謝を捧げたいと思います。ありがとうございました。

アフター。波照間島。ニシハマビーチにて。
アフター。波照間島にて。思い出は美化されるものです。

※以上の記述には手元にある限りの資料を用いてできる限りの正確さを期しましたが、筆者の主観、偏見、妄想、思い込み、記憶違い等々による嘘、誇張、歪曲、事実誤認が言わずもがな含まれていますのでご留意ください。

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