2001年度 屋久島春合宿 活動記録

合宿概要

期間:   2002年3月13日 〜 2002年3月20日
参加人数: 12人
地域:   鹿児島県熊毛群屋久島町

屋久島とは

 九州南方、種子島の更に南に位置する島です。縄文杉とかが世界遺産として登録されたりしたので有名な島です。さりげなく九州最高峰の宮之浦岳があります。標高1935m。
 山中でテントを張ることはほとんどの場所で禁じられており、山に登る場合は小屋を利用することになります。小屋は無人で、無料で使用できます。当然宿泊人数には限界があるので、小屋には早めに着いて寝場所を確保しておくのが無難です。
 名産品はタンカン(みかんみたいなの)とサバらしいです。

3月13日(水)

 1日目。12:30分、部室に集合。阪急や地下鉄、ニュートラムやバスをのりついで、大阪南港に。九州の志布志行きのフェリーに乗船です。12人のパーティーなので、フェリーは一部屋貸し切り状態でした。


夕日が綺麗

3月14日(木)

 2日目。フェリーにて起床。適当に朝食を食べて、フェリーから下船しました。フェリーターミナルのバス停にて、鹿児島市内行きのバスを待っていたのですが、何故かバスが我々を置いて逃げ去るという異常自体が発生しました。めんどくさいのでこれについては割愛。
 そんなこんなでいろいろありつつも、鹿児島市内へ到着。宿に荷物を置き、買い出しに行きました。私は初めて鹿児島に行きましたがなかなかの都会でした。良か。

3月15日(金)

 3日目。フェリーやくしま2とかいう名前のフェリーで、屋久島へ渡ります。風が強かったせいか船の揺れが激しく、数人が船酔いでノックアウト状態に。フェリーの中で昼食を済ませてしまうという当初の計画は、脆くも崩れされました。


フェリーやくしま2、堂々の屋久島入港

 宮之浦港から白谷雲水峡までは、予約を入れておいたタクシーで移動です。この時期、屋久島のタクシーは非常に混んでいて予約なしで乗るのは難しいような状態ですので、電話とかで予約をしておくべきです。
 白谷雲水峡から白谷山荘までは2,3時間程度の行程ですが、我々は寄り道したり杉をみかけるたびにだらだらとしていたので、白谷山荘についたのは5時頃になっていました。
 夕食は鍋でした。ところで、白谷山荘のトイレはなぜか山荘内にあり、そのせいで小屋の中がくさいです。なんでこういう構造にしてあるのかよくわかりません。

3月16日(土)

 4日目。白谷山荘から辻峠を経てトロッコの廃線の方へ出て、そこから縄文杉まではメジャールートを進みます。縄文杉までの道は木道がかなり整備されており、人によっては整備され過ぎていて面白くないという感想を持つかもしれません。私としては木道が非常にありがたかったですが。
 縄文杉まで行く途中に大王杉とかウィルソン株といった有名な杉とかが見られます。が、やはりなんといっても、目玉は縄文杉でしょう。
 この日は朝から雨が降っていたのですが、縄文杉に着くころには雨もやみ、お天気は晴れていました。非常に運が良かったと言えるでしょう。


うしろに見えてるでかいのが縄文杉です

 縄文杉で長いことダラダラした後、新高塚小屋に足を進めます。縄文杉あたりまでの道は苔むしていたりしてなんというか非常に屋久島っぽいのですが、縄文杉あたりから先は標高が高くなっていくこともあり、植生がどんどん普通の山っぽくなっていきます。おまけに、道も縄文杉を過ぎると一気に悪くなります。
 新高塚小屋は40人ぐらい収容できるなかなか立派な小屋です。トイレが少し遠く、昔は夜中にトイレに行って、そのまま遭難してしまった人が居るそうですが、今回行ってみると小屋の入口からトイレ、水場までの道が木道として整備されており、もう遭難の心配をする必要はなさそうです。
 新高塚小屋では、小屋のすぐそばでヤクシカが苔を食べたり反芻をしたりしていました。のどかだなぁ。

3月17日(日)

 5日目。平石、焼野三叉路を経由して、永田岳へ登り、鹿之沢小屋へ行きます。焼野三叉路から永田岳までの道はブッシュがひどく、おまけに足元が泥になっていて歩きにくいことこの上なしといった感じです。あたりをみまわしても、どこが屋久島やねん!と言いたくなるぐらい普通の「山」です。


風が強く正直寒かったです

 永田岳から鹿之沢小屋までの下りも大きな段差が連続していたりして非常に道が悪いです。鹿之沢小屋からの下山ルートは廃道になっており、鹿之沢小屋に行ってしまうと次の日は同じルートを登り返さなければなりませんが、下りながら「マジ?明日はここを登んの?」と何回も思うルートです。楽したいなら、ここのルートは通らない方が無難です。
 鹿之沢小屋にはスケボーを担いだ兄ちゃんがおり、部員の一人が話をきいてみると、永田の方から沢沿いに登ってきたそうです。地図もコンパスも、それどころか食料も持たずに宮之浦まで登りにきたそうです。小屋につくまでに2日ビバークして、その間食べるものがないのでぜんまいを生でかじって飢えをしのいでいたそうです。標高1900mを、少々甘く見過ぎているのではないでしょうか。
 鹿之沢小屋のトイレは、新高塚小屋など比較にならない位に遠く、しかも険しい道の向こうにあります。小川を渡って小さな崖を登らないとトイレに辿りつけません。ここのトイレに夜中に行ったら、本当に遭難しそうでした。

3月18日(月)

 6日目。焼野三叉路までは、昨日通った道を登り返します。その後、宮之浦岳に向かうのですが、ここから先はなぜか、急に道が良くなります。木道を一時間もせっせと登れば、もう九州最高峰のピークに到着です。まぁ、景色は普通でしたけど。
 宮之浦岳からは南下して、花之江河を経由して淀川小屋まで行くのですが、この間の道はほとんど整備されており、非常に快適な山歩きが楽しめます。
 淀川小屋は、これまたなかなかに立派な小屋でした。しかし、それぐらいしか感想を抱きませんでした。晩飯の時に乾燥ワカメを乾燥したままたくさん食べたのですが、これが次の日の日の悲劇の原因となります。

3月19日(火)

 7日目。淀川登山口までは歩いて80分ぐらいの道のりです。ここから先はアスファルトの道となります。アスファルトの道をだらだらと歩いてヤクスギランドへ向かうのですが、この時、昨日食べすぎたワカメちゃんのせいでお腹の具合が悪くなり、大変でした。あまり多くを語るのは、ヤボってもんでしょう。

3月20日(水)

 8日目。ヤクスギランドから太忠岳へ登ります。この間の道はあまり良くありません。太忠岳のピークには天柱石という高さが40mもある岩があり、天柱石の上からの眺めは最高です。正直宮之浦岳のピークよりも楽しかったです。


この写真ではわかりにくいですが、ホントでかいんです

 太忠岳からヤクスギランドへと戻り、バスで下山します。下山する途中、道端でヤクザルが出没していました。
 宿に泊まり、5日ぶりぐらいに風呂に入ってサッパリとしたあと、打ち上げ(バーベキュー)のための買い出しに行ったりバーベキューの準備をしたりします。バーベキューセットは宿から貸しだしていただきました。
 打ち上げは盛り上がり、同時多発ゲロとか悲惨な事態を巻き起こしたりしつつ、楽しくおこなわれました。みなさん焼酎飲みすぎです。
 この日で一応、合宿は終了です。


みなさんノリノリです

3月21日(木)

 朝から雨でした。P.L.(Party Leader)のMさんは、就職活動のために急いで帰阪されました。お疲れ様です。打ち上げの後片付けとかをしたりしていたら、昼前に雨が上がったので、平内海中温泉へレンタカーで行ってみることに。
 行った時間が悪かったのでしょう、海中温泉はザバザバと海水が温泉の中に入ってきており、非常に水温がぬるかったです。しかし、ここまで来て誰も入らないのは寒すぎる、と思った二名ほどが実際に温泉に入ってしまいました。とても硫黄臭く、おまけに海水がだいぶまざってるので、入った後の方が体が臭くてべたべたするという、悲惨な温泉でした。素人にはお薦めできない。
 その後、勢いで屋久島を一周してしまったりしましたが、それはまた別のお話。


海中温泉にて(プライバシー保護のため顔は塗り潰しました)

しめくくり

 屋久島は一週間に10日雨が降ると言われるほどに雨の多い島ですが、我々が行った時は運良く2日ほどしか雨は降りませんでした。屋久島は春が雨が少ないそうですが、そえでもかなりの幸運であったと思います。
 特に大きなトラブルもなく、良き春合宿であったといえましょう。



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